建築・デザイン学部 連続セミナー2024 講演レポート〈2024年7月6日 八島正年 夕子氏〉

 2024年度の建築・デザイン学部セミナー第1回講演会には、建築家の八島正年さん、
夕子さんご夫妻をお招きして、「PROCESS」と題してお話をお聞きしました。長年取り
組んでおられる「居心地のいい場所」を中心にしたお二人の設計思想をいろいろな実作品
の設計を通じてお聞きすることができました。八島正年さんは1968年生まれ、1993年に東
京藝術大学美術学部を卒業、同大学院を修了後、同大学助手を務められました。夕子さん
は1971年生まれ、多摩美術大学を卒業、1997年に東京藝術大学大学院を修了後、正年さん
と共同で設計をされています。


1.身体のスケールから
 お二人は在学中から設計活動を開始しており、最初期に実現したプロジェクトが神奈川
県藤沢市にある保育園「ファンタジアの家」です。この保育園は、もともと園長先生の自
宅の雑木林にテントを張ってスタートしたそうですが、新たに4m×2.5mの小さな園舎を建
てる計画です。子どもたちの遊ぶ姿を観察すると、高いところに登ることへの関心が強い
こと、その反面、地面に潜る、大地にこもる行動には安心感のような感覚も求めているの
ではないか、と感じたそうです。このように、建築家として何を手がかりにデザインを進
めるのかを考えた結果、床を半地下に埋めて子どもの視点が地面と同じになる空間、大人
がかがんで入らないといけない空間、子どもたちの身体スケールと一致した場づくりに至
ったということです。


 小さな園舎が完成して6年後、小さなキッチン、お手洗いなどを増設する依頼がありま
した。同じ雑木林内に建てることになるのですが、今まで大切にしてきた樹々を残して、
その隙間に必要な用途を、一まとめにせず3つの小さな建物に分けて配置しています。だ
からと言ってバラバラではなくて、広いウッドデッキが敷かれて、その上に樹々が元気に
伸び、3つの建物とともに絶妙の関係を保ちながら配置されました。3つの建物はウッドデ
ッキの上に浮遊するように置かれたり、屋根や壁は斜めにカットされて開口部になったり
、立体自体に動きが感じられます。ここでも、子どもたちの身体スケールからキッチンカ
ウンターの高さは550mm、椅子座の高さは300mmとなっています。雑木林に人工物を組
み込む行為なのですが、風通しをよく適度な明るさをもたらすことに配慮していることが
よくわかりました。「建築をつくることは、環境をよりよく変えること」と話されたのが
印象的でした。


2.目的と手段
 次に、2005年に東京藝術大学大学美術館で開催された吉村順三展の展示構成デザイン
が取り上げられました。吉村順三先生は戦後の住宅設計に大きな足跡を残した建築家で、
長く東京藝術大学教授を務めた方です。藝大建築科100周年記念の展覧会のデザインは、
八島さんご夫妻に託されました。
 吉村先生は人に心地よい空間性、造形美を常に実現できる達人でした。明るすぎない適
度な明かり、空間を強く規定する天井の高さには細かい心配りが大切であることを、作品
を通じて私たちに問いかけています。ところが、展覧会場の藝大美術館の天井高さは現代
美術の大型作品に備えて5mを超える大空間です。そこで、八島さんご夫妻は展示室の中央
部分だけ吉村先生の空間にふさわしい高さ2.3mの天井を張るという大胆な展示計画を提案
されて、成功をおさめられました。
 美術館の外では、吉村先生設計の軽井沢の山荘の実物大模型をつくるというアイデアも
出たようですが、建築はその立地する環境とともにあるべきということで、この案は見送
られました。その代わりに、吉村先生直筆の断面スケッチを実物大に拡大したパネルで展
示することになり、これは大きな評判になりました。
小さな空間を愛しく思う感性、大きな空間を正しく再現し伝える、素晴らしい展示でした。

 何を伝えるべきかという目的、そのためにどういう方法をとるかという手段、これら
が鮮やかに活かされたデザインであったと思います。20年近く前に筆者自身も実際にこの
展覧会を拝見し、その時に受けた感銘がよみがえるようでした。


3.住まいの設計
 2012年に横浜市に完成した設計事務所、ゲストハウス、ご自宅からなる地上3階・地下
1階建ての「山手町の家」は、ご夫妻の設計思想の多くが盛り込まれた代表作と言えるで
しょう。通常の住宅設計では、建築主による設計条件を読み取り設計を進めるものです。
しかし、自らの住宅を設計する場合は、必要な設計条件に基づくのは当然ですが、これに
加えて住まいの空間全般に問われている多くの課題を整理して確認する場にもなります。
八島さんご夫妻は、著書「建築家夫婦のつくる居心地のいい暮らし」の第1章を「居心
地のいい場所」と名づけており、家は人がつくること、手がつくることを大切にされてい
ます。敷地内の樹木を大切にすること、窓は採光・通風だけでなく風景を切り取る力を持
っていること、明かりには彩りと濃淡が大切なこと、人にはつかず離れずの距離感や落ち
着く場所「たまり」が必要なこと、などの秘訣が披露されました。具体的には、階段はプ
ランの中央に置き、そこから各室に振り分けることの有効性が語られました。これにより
廊下は短くなる利点がありますし、また、廊下を単なる移動空間とせずに幅にゆとりを持
たせて作業に使えるようにすること、「廊下を廊下で終わらせない」という言葉は、常に
新しい視点を持とうとする建築家ゆえの表現だと思います。
 リビングルームは11畳と決して広くないですが、階段を介して上階とつながり、高さ感
のある空間です。ここにはイサム・ノグチの直径1.2mの球形のペンダント照明が吊るされ
ており、住まいの「中心」を立体的に意識させる見事な工夫がされています。


4.小さな居場所

 今年完成した軽井沢の山荘は、お二人が取り組んだ「心地よい居場所」のコンパクト化
に挑んだ意欲作です。なんと3.6m角の小さな平面形で、1階と小屋裏空間からなります。
プランニングは極限まで研ぎ澄まされたものになりますが、1階平面の出隅部分を大きく
切り取った窓辺にはL型にソファを設けているのが大きな特徴です。その窓から見下ろす
と、樹々に囲まれながら時間を過ごすことのできるウッドデッキが広がります。出隅部に
L型に窓を設けるのは「山手町の家」でも採用した方法で、内と外の関係を強く意識させ
る極上の窓と言えます。
 筆者の目に留まったのは、L型に眺望が開かれるにも関わらず、窓に添ってL型にソファ
が配置されていることです。つまり、自然の風景に眼を向けるのではなく、背を向けて座
ることになります。普通の発想ではこの逆で、外に向かって座るでしょう。ですが、ここ
で思い出したのは、吉村順三先生設計の軽井沢の山荘です。ここでも、大きなL型の開口
が出隅部に設けられていて四季を通じてダイナミックな自然の風景の変化を楽しめます。
ところが、吉村先生のお気に入りの場所は出隅の角の椅子、つまり開口に背を向けて座る
場所らしいのです。これをどのように理解すればいいのか、いろいろな想像を巡らせるこ
とができます。八島さんご夫妻に尋ねてみましたところ、「自然を背にして座るほうが自
然の中にいる一体感が得られる」という考えでした。なるほど、左右に眼を向けてみたり
、背中で感じることの大切さに気づかされました。「家族と適度に目線の合う、お互いの
様子がわかるほうがいい」「来客に非日常の眺望を楽しんでもらうために自分は窓際を定
位置にする」という考えもありそうです。内外空間の一体性をどのように感じるか、家族
の場のあるべき姿とは何か、などを考えさせられました。


5.在学生との対話を通じて

 若手建築家時代の経験談を交えながら、社会人になった後もステップアップしていくお
話をお聞きできました。実物を見ること、実際にやってみること、経験を積み重ねて蓄積
することが将来につながるとのことでした。これは、学生にとって貴重な助言になったと
思います。
 「一生住むことのできること」「美しくあること」「普遍的であること」を意識して設
計しているが、「使いやすいこと」も忘れてはならないとの指摘もありました。例えば、
プランニングでは表動線と裏動線を両方とも設けることや、年齢を重ねて不便にならない
ように照明を明るくできるように備えることの大切さです。あるいは、長期的視点で設備
のメンテナンスをしやすくして、建築主のストレスのない家にしなければならないとのこ
とでした。住まいは建築主のためのものだから建築主の意向で将来変わってもいい、設計
者としてのカラーが強すぎるとよくない、という言葉から八島さんご夫妻の住まいのデザ
インへの姿勢がよく伝わります。
 設計のプロセスでは、夕子さんが「絵」を描いて考えるとのことで、「絵」を工事発注
図書に含めることもあるそうです。これに対して、正年さんは「模型」をつくって考える
ことが多いとお答えがありました。いずれも、頭で考え、手で考えるという建築設計のメ
ソッドへの信頼の強さを窺がうことができました。


八島さんご夫妻のお話をお聞きして、住まいのデザイン、建築の設計に深い愛情を注ぐ
姿勢に触れることができたように思います。たいへん意義深いセミナーになりました。学
生の皆さんにも建築・デザインの学修を深める機会にしていただければと思います。


文:建築設計研究室 古賀大